千葉地方裁判所 昭和62年(ワ)774号 判決 1988年3月22日
原告 甲野太郎
訴訟代理人弁護士 金野繁
被告 乙山松夫
訴訟代理人弁護士 小野道久
主文
被告は原告に対し四四七四万一三〇三円及びこれに対する昭和五二年一二月二日から支払済迄年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決第一項は仮に執行することができる。
事実
第一申し立て
一 原告
1 被告は原告に対し五八七四万一三〇三円及びこれに対する昭和五二年一二月二日から支払済迄年五分の割合による金員を支払え。
2 主文三、四項同旨
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
一 請求原因
1 甲野春子は、当時二四歳の昭和五二年一二月一日、勤務先の埼玉県所沢市若狭二丁目国立西埼玉中央病院看護婦寮二階で就寝中、当時交際していた被告に窓から侵入され、首を絞められて殺害された。
2 春子は、看護婦として勤務し、昭和五二年一月一日から同年一二月一日まで二二四万六六六八円の所得があった。これを年収に引き直すと二四四万七六九〇円となり、生活費割合三〇パーセント、就労可能年数四三年で中間利息を新ホフマン係数二二・六一一を乗じて控除すると、逸失利益は三八七四万一三〇三円となる。
3 甲野花子は春子の母として、右損害を相続し、かつ、結婚前の前途有望な娘を殺害された精神的苦痛は大きく、これを金銭にて慰謝するには二〇〇〇万円を下らない。
4 花子は昭和六二年七月八日死亡し、原告が本件の請求権を相続した。
5 よって、原告は被告に対し、本件損害合計五八七四万一三〇三円及びこれに対する昭和五二年一二月一日から支払済迄民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 1は認める。
2 2は知らない。
3 3のうち、金額は争うが、その余は認める。
4 4は認める。
三 抗弁
1 春子が被告に殺害されたことは、事件の二日後の新聞報道により明らかであった。花子はこれにより被告がその加害者たることを知り、かつ、昭和五五年八月三日付けの被告の父宛の手紙において、「昨年一〇月残念にもテレビ公開によって犯人として全国指名手配された」、「被加害者間で手紙を交わすことがおかしな話と充分承知している」として、被告を加害者として認識していることを表明した。
2 花子は少なくとも昭和五五年八月三日の時点で、春子が被告により殺害されたことを知り、かつ、被告に対する損害賠償の請求が事実上可能であった。
3 本件請求は昭和五八年八月三日の経過により、消滅時効が完成したので、被告はこれを援用する。
四 抗弁に対する認否
1 1は認める。
2 2は争う。当時、花子は、被告の行為の違法性と損害について認識がなく、ひたすら真相を知りたいという願望のみがあった。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実、花子が春子の母で同女を相続し、原告が花子を相続した事実は当事者間に争いがない。
二 被告の抗弁を先に検討する。
抗弁1の事実は当事者間に争いがない。
《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 花子は、被告が犯人として報道されても、かつて、被告が春子に結婚を申し込み、春子はこれを一度は承諾したことを知っていたので、にわかにこれを信じず、警察等に出掛けて、真相に迫りたいと念じていた。しかし、警察が花子に対し、被告を重要参考人とした理由も教えてくれないなど充分な対応をしてくれないと不満を持ち、被告が事件直後失踪し、行方をくらませていたので、花子は、被告の家族と連絡をとって、被告に姿を現してもらいたいと思い、昭和五三年一二月、翌五四年三月及び五五年八月と三回にわたり、被告の父及び兄に宛てて手紙を出した。
2 花子は、昭和五四年一〇月、被告が指名手配されたことにより、ほぼ被告が犯人であると信じたものの、背景に春子の勤務先での不明朗な事実があると疑って、ひたすら、被告が自首して自ら殺害の事実及び動機を語ってくれるのを待っていた。
3 被告は、昭和六一年八月一三日警察に逮捕され、春子を殺害したことを自白した。即日、花子は、この報を聞いた。
4 この間、被告は東京方面に身を隠して行方不明であり、その親族も警察も花子に何らの情報をもたらすことができなかった。勿論、被告からの音信もなかった。
前記認定事実を総合すると、花子は昭和五五年八月の時点で、犯人が被告であると否応なく信じざるを得ず知ってはいたが、被告が当時行方不明で、充分な情報も得られないままであるので、とにかく、「被告本人の口から事実を聞くまでは、」との思いで一杯で、到底被告に対する損害賠償を請求するような心境でなかったことがうかがわれる。
殺人事件の被害者の遺族として、そのような心境にあったことは充分に理解でき、とすると、当時花子にとり、被告に対する損害賠償請求が事実上可能な状況の下にあったとは解することができない。
花子が、被告に対する損害賠償請求が事実上可能な状況で加害者を知ったといえるのは、被告が逮捕され、自白をした昭和六一年八月一三日と認めるのが相当である。
そうすると、抗弁1の事実によって、昭和五五年八月から消滅時効が進行するとするのは相当でない。よって、被告の抗弁は理由がない。
三 損害を検討する。
前記一の事実、《証拠省略》によれば、請求原因2の事実を認めることができ、春子の逸失利益としては三八七四万一三〇三円が相当である。
花子の慰謝料としては、前記一、二の事実に、更に《証拠省略》により認める、被告が春子を殺害した動機は、春子が被告との結婚を一旦は承知したにもかかわらず、これを断ったことに立腹し、春子を他の男に渡すよりはと考えて敢行したというものであること、被告の裁判中、被告の父から一〇〇万円送られたが、花子と原告とはこれを趣旨不明として直ちに返したこと、被告は懲役九年六月の刑を受けて現在受刑中であり、資力はないことなど一切の事情を考慮して、六〇〇万円が相当であると認める。
四 花子が春子を、原告が花子を各相続したことは前記一のとおりである。
そうすると、原告の請求は合計四四七四万一三〇三円及びこれに対する損害発生の日である昭和五二年一二月二日から支払済迄民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、これを認容し、その余は失当であるので棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 池本寿美子)